2007年07月29日
【パンくず】3日目
島の外れにもくもくと立ち上る煙を、今日はいつもより早く見ることができます。
昨日久々の仕事をさせられたお洒落な風車は、今は気ままにゆっくり休んでいるようでした。 隣にあるちいさな小屋は、昨日よりも早い時間から仕事に取り掛かっています。
ちいさな小屋には、1体の歩行雑草が住んでいました。
その歩行雑草はお日様より早く起きて、短くそろえたホワイトの髪を整えて、ぱたぱたと風車の建物に入っていって、袋を抱えてとことこと戻ってきて、小屋の大きな台所で一生懸命パンの仕込みと釜の準備をするのでした。 そうするうちにお日様と一緒に片眼鏡のおじさんがやってきて、おじさんのお店に並べる分だけのパンを焼くのでした。 そのあとは、おじさんが忙しければおじさんの店を手伝いに、そうでなければパンの材料を買いに、荷馬車でぽくぽく人の多く集まるところへ出かけるのでした。
今日もいつもどおりお日様を迎えることができたのですが、おじさんがくる前から歩行雑草はいつもとは違った声を上げました。 それはとても気合の入った「モサァァァァァァァァァァァァッ!!」でした。
寝てないのかい、と聞かれて歩行雑草は首を大きく横に振りました。 いつもの様子と違うのをおじさんは心配したのかもしれないのですが、それは歩行雑草が何度も確認しながらパンを焼く準備をしていたためなのでした。 おじさんは、いつもどおりでいいんだよ、と言いましたが歩行雑草は何度も確認しないと気がすみません。 何度も確認しながら生地をこねて、何度も確認しながら焼きました。
何度も生地をこねたので、焼きあがったパンは膨らみませんでした。
これは、くずだね、とおじさんは言いました。
今日の歩行雑草は、おじさんの店で売り子をします。 歩行雑草の焼いたパンは、パンくずとして、綺麗なトレーに置かれました。
歩行雑草が一人で店番をしていると、黒い猫を抱えた女の子がお店の前を通り過ぎていきました。
「えへへー、ちょっと寄り道っ。」 聞いただけで元気の出そうな声がしたので歩行雑草が顔を上げると、お店の前を通り過ぎたはずの女の子がお店の扉を開けて入ってくるところでした。
「黒猫ちゃんもお腹すいたよね?」 通気性の良い動きやすそうな服に身を包み、短めの髪を右側で留めたおさげの可愛らしい女の子は、幸せそうな顔で抱えた猫に声をかけます。
「にゃー。」 黒猫は肯定とも否定とも取れる、曖昧なイントネーションで返事をしました。
「………。」
女の子は猫をぎゅっ、と抱きしめました。 黒猫はその際、ふっ、と変な呼吸をしましたが、女の子は気づかなかったようでした。
「もー、何て可愛いのー。」
女の子は先ほどよりも幸せそうな顔をしていました。 黒猫は特に何をするでもなく、女の子に抱えられたままです。 歩行雑草はその様子を見て、ほんわかした気持ちで思わず声をかけようとしましたが、
「遺跡でいきなりモッサァァァァとかじゃなくて、ほんとよかった〜」 と女の子が言葉を続けたのを聞いて思いとどまりました。
お店をぐるりと見渡した女の子は、食料品の並ぶ棚へ向かって歩いていきます。
「いろいろあって迷っちゃうな……。でも高いのはダメだよね、これから何があるか分からないし節約しないと……。」 女の子は真剣な顔になって食べ物を選んでいます。
「店長の分と、私の分と、黒猫ちゃんの分で3つ買うから、やっぱりこれかなー。」
女の子は歩行雑草が焼いたパンの置かれたトレーを見て、その棚の前に黒猫を下ろしました。 黒猫は特に何をするでもなく、女の子に下ろされるがままです。 女の子はしゃがみこむと、黒猫に向かって言いました。
「黒猫ちゃんもこれでいい?」
黒猫は肯定とも否定とも取れる、曖昧な欠伸で返事をしました。
「………。」
女の子は猫をぎゅっ、と抱きしめました。 黒猫はその際右前足を硬直させて、ふっ、と変な呼吸をしましたが、女の子は気づかなかったようでした。
幸せそうな顔をして、女の子がレジに来ます。 歩行雑草は声を出さないように気をつけました。 レジスターに0と表示され、パンを袋に包んでいる間に、顔色が良くないですけど大丈夫ですか、と声を掛けられ慌ててこくこくと頷いた時も、決して一言もしゃべりませんでした。 心配してくれる女の子は黒猫に急かされて、お大事にしてくださいね、とだけ残してお店から出て行きました。
ちいさな小屋に帰ってから歩行雑草は自分の姿を鏡で見て、粉で白くなった髪と顔に気づいたのでした。
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